単純に考えないということ

ぼくはエンジニアだ

物理や情報技術の世界は、複雑な物事をモデル化=単純化することをよしとする。
真円が世界に存在しないように、モデルとまったく同じ事象はおきないけれど
物事を理解する上では、必要十分だ

そんな生き方に疑問を感じていなかった


昨日、講演にいったときの感想文をもらって
喜んでいたぼくにある人がこんなことを言った

 書かされた文章に本音は見えない

 人の心を動かすのはそんなに簡単なことじゃないはず

 あまり単純に考えないほうがいい

 何を感じ、どんな気持ちでいるのか

 それは本人にしかわからないもの
 
 完全に理解するのは不可能であるということを知った上で

 他人の気持ちを推し量る努力が必要だと思う

 それが正しい答えだと決め付けないことを前提にして


冷や水をかけられたような気がした
一瞬、ニヒリズムかとも思ったけど
一転、大事な真理だと気づかされた

 他人の気持ちを推し量る努力が必要だと思う

自分に足りていないところだからだ


ぼくは、感想文に書かれた言葉をそのまま鵜呑みにし
自分の言葉は人の心に届いている
自分のやっていることは小さいようで大きいものなのだ、と満足していた

そこに満足していたら
他の人の気持ちを推し量れなくなってしまう

多分、日常的に
ぼくにはそういったところがある


日本的な、空気を読む文化がキライだ
好きだったら好き
キライだったらキライ
それで生きていける
言わない人は言わないのが悪い
ぼくは、言葉の裏は読みませんよ

そういうスタンスだった


それは簡単で単純な生き方で
そうしない周りの人を バカだ、と
言わないまでも思ってきた

そうやって、近しい人や触れてきた人を
気づかず傷つけてきた


人の心を守るための活動をしつつ
思慮深さがまったくなかった
テクニックや言い回しばかりうまくなって
心をどこかにおいてきてしまった


あったかい泥んこの中に転がって
うとうとしていたぼくに、ホースの水をかけてくれた
その人に感謝の思いでいっぱいだ
思いもよらぬ水攻撃で目がさめた


途中まで言いかけて飲み込まれた言葉を想像しよう
自分は全能ではないことをキモに命じ
最善をつくして相手を理解しようと勤めよう

たぶん、ぼやっとしていると
またすぐもとの自分に戻ってしまうから
ここに書き記す

未来の自分のために
書き記す